|
日本行動科学学会 編 中西 大輔 著 人間の「決める」という能力の2つの側面を中心に紹介した。1つは、われわれの決める能力が、極めて制限された非合理的なものであるという知見、もう1つは、非合理的な意思決定が、自然・社会環境への適応という観点からその有効性を理解できるという側面である。 A5判・74ページ 定価630[本体600円+税] ISBN 978-4-86108-051-7 C3011 ¥600E 2009. 1. 30 第1版 第1刷 |
もくじ
目 次
第1章 決めるとはどういうことか… ………………………………… 5
第1節 序… ………………………………………………………… 5
第2節 意思決定の行動科学……………………………………… 6
第3節 意思決定の神経心理学…………………………………… 9
第4節 本書の構成………………………………………………… 11
第2章 人間はどのくらい合理的な決定ができるのか…………… 14
第1節 合理的とはどういうことか… …………………………… 14
第2節 ショートカットとしてのヒューリスティックス……………… 15
1)代表性ヒューリスティックス
(representative heuristics)………………………………… 16
2)利用可能性ヒューリスティックス
(availability heuristics)… ………………………………… 20
3)調整と係留のヒューリスティックス
(adjustment and anchoring heuristics)…………………… 24
第3節 埋没費用の誤謬…………………………………………… 24
第3章 社会的影響と社会的文脈における意思決定………………… 30
第1節 社会的文脈における様々な決定問題…………………… 30
第2節 二者間の協調問題………………………………………… 31
1)囚人のジレンマ……………………………………………… 32
2)繰り返しのある囚人のジレンマゲーム……………………… 33
第3節 三者以上の協調問題……………………………………… 35
第4節 社会的影響………………………………………………… 38
1)沈黙の螺旋(spiral of silence)……………………………… 39
2)同調(conformity)…………………………………………… 40
第5節 集団問題解決・集団意思決定… ………………………… 43
第4章 非合理的行動の合理的基盤… …………………………… 47
第1節 速くて倹約性の高いヒューリスティックス……………… 47
第2節 社会的環境に適応した脳… …………………………… 50
1)環境への適応と社会的交換………………………………… 50
2)特定文脈における二次的ジレンマの解決………………… 54
3)もう一つの可能性:
罰の存在を前提としない社会的ジレンマ問題の解決…… 56
4)社会的交換状況に適応した人間の脳……………………… 58
第3節 社会的影響を受ける心は適応的か… …………………… 61
第4節 おわりに… ………………………………………………… 64
引用文献… …………………………………………………………… 66
あとがき… …………………………………………………………… 72
あとがき
本書では、人間の「決める」という能力の2つの側面を中心に紹介しました。一つは、われわれの決める能力が、極めて制限された非合理的なものであるという伝統的な知見です。もう一つは、そうした非合理的な意思決定が、自然・社会環境への適応という観点から捉えなおすことでその有効性を理解できるという側面です。これは単に、人間の意思決定能力が機能的に優れているということを指しているのではありません。重要なのは、われわれの使える認知資源には制約があり、そうした制約を考慮した上で合理性という問題を解き明かしていかなければならないということ、また合理的ではない人間によって作られる社会が、非合理的な意思決定を合理的にしているということです。
例えば、感情をつかさどる部位を損傷した患者が、何も決められなくなるという脳科学の知見があります。「感情的になるな」という言葉から分かるように、
感情は合理的な意思決定を阻害すると考えられていますが、それは全く逆です。決めるという行為自体が、感情によって支えられていると考えるべきなのです。認知は感情という熱い過程と、思考・判断という冷たい過程によって成り立っており、このような制約なくして、人間の意思決定を考えることはできません。また、社会的な意思決定の文脈では、他者がどう振る舞うかが、どのような意思決定が合理的なのかを決定的に左右しています。従って、社会的動物としての人間を考える上で、社会から孤立した情報処理を考えるだけでは十分ではないとも言えるでしょう。
環境への適応という側面から人間の意思決定を考えることは、人間行動を研究する社会科学、生物科学、人文科学の諸領域の統合をもたらす豊かな可能性を持っています。自然科学とは異なり、人間を対象とした学問は、これまで相互の間で実質的に有機的な連合が十分になされてきたとは言いがたく、それぞれの分野で用いられてきた概念さえ統一されていません。例えば、生物学者の言う「適応(adaptation)」と、心理学者の言う「適応」は表面的には似ていますが、その意味するところは全く異なります。真に有機的に連合した学際的研究が今後盛んになり、意思決定の研究が学問間の垣根を生産的に破壊しつつ進展することを心から祈っています。
中西 大輔
著者について
中西 大輔 なかにし だいすけ
1998 年 北海道教育大学教育学部函館校卒業
2000 年 北海道大学大学院文学研究科修士課程行動科学専攻修了
2003 年 北海道大学大学院文学研究科博士後期課程人間システム科学専攻単位取得退学
2003 年 広島修道大学人文学部講師 ( 社会心理学)
2004 年 同助教授
2007 年 同准教授