行動科学ブックレット 1

覚える


覚えたことがなぜ思い出せなくなるのだろう


  
日本行動科学学会 編
岡市 広成 著

経験した出来事を覚えておき、後にその内容を思い出し、再現する機能を記憶と呼ぶこの記憶を科学的方法、つまり測定可能な実験的方法を用いて研究することを初めて試みたのが、ドイツの心理学者エビングハウスである。

A5判・54ページ 定価630[本体600円+税]
ISBN 978-4-86108-040-1 C3011 ¥600E
2007. 9. 20  第1版 第1刷


もくじ


第1章 記憶研究の先駆け 5
第2章 記憶の働き 7
  第1節 記憶の3段階 7
  第2節 記銘の測定法 8
  第3節 保持と想起の測定法 9
第3章 記憶のシステム 14
  第1節 感覚登録器 15
  第2節 短期記憶貯蔵庫 17
    1)短期記憶貯蔵庫の容量 17
    2)短期記憶貯蔵庫の保持時間 19
  第3節 ワーキングメモリ 20
第4章 長期記憶 23
  第1節 長期記憶の記銘 23
    1)意味的符号化 23
    2)体制化 24
  第2節 長期記憶の忘却 25
    1)減衰説 25
    2)検索の失敗説 25
    3)干渉説 28
    4)情緒・動機づけと忘却 29
  第3節 記憶の変容 30
    1)スキーマ 30
    2)現実性識別 32
    3)情報源の混同 33
  第4節 長期記憶の種類 33
第5章 記憶の障害 37
  第1節 コルサコフ症候群と記憶障害 37
  第2節 視床の背内側核損傷と記憶障害 39
  第3節 海馬損傷と記憶障害 40
  第4節 アルツハイマー病と脳の障害 43
第6章 記憶をより良く保つために 45
あとがき 51

あとがき

 人の精神的活動の中でもっとも日常的に親しみがあるのはおそらく記憶であろう。経験した出来事? つまり覚えたこと? を後で思い出せる記憶の働きに不思議な力を感じたことがあるだろうし、思い出せないことに不安を感じたかもしれない。このブックレットは、実証的で科学的な心理学が誕生した19世紀後半以降、多くの研究者が明らかにしてきた記憶についての知識のエッセンスと今後の記憶研究の動向についてまとめたものである。
 記憶の研究を語る時、精神活動を数量つまり数の問題として実験的に取り扱うことを可能にしたエビングハウスの功績は、たとえそれが機械的に過ぎる「固い」記憶研究である言う批判を受けたとしても、大いに讃えられるものであろう。エビングハウスによりしっかりとした実験的手法が築かれていたからこそ、やがて登場するバートレットの、記憶内容は知識の体系によって変容しうると
言う「軟らかな」記憶研究が精彩を放ったのである。真理の究明には一つの方略で攻めるのだけでは物の本質を見失いかねない。その意味で,記憶の解明にまったく異なる研究方法が採用されたことは幸いであった。その後、記憶研究は、患者の症例研究から神経情報や遺伝子情報などの研究まで種々の学問領域の多様な研究方略のもとで発展していくことになる。
 本冊子の読者が、このような記憶研究の流れを理解され、人が健康に生きていくために記憶がどのような役目を果たすのかに思いを馳せていただければ、望外の幸せである。

 京の祇園囃子を聞きながら記す

   2007 年7月 京都      
   岡市広成  

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