挑戦的行動の先行子操作 
問題行動への新しい援助アプローチ

  
ジェームズ・K・ルイセリー  マイケル・J・キャメロン 編
園山繁樹・野口幸弘・山根正夫・平澤紀子・北原 佶 訳
A5判・402ページ 定価[本体6000円+税]
ISBN 4-931199-82-8 C3011 \6000E
2001. 8. 30  第1版 第1刷

目 次
日本語版への序


T 基礎

 1 先行子操作の2つの視点──微視的視点と巨視的視点──
   Edward G. Carr, Jane I. Carlson, Nancy A. Langdon, Darlene Magito-McLaughlin,
   and Scott C. Yarbrough

 2 介入の理論化と計画立案
   James K. Luiselli

U アセスメント

 3 挑戦的行動に対する先行子の影響のアセスメント方法
   Raymond G. Miltenberger

 4 挑戦的行動に対する先行子の影響の実験的分析
   David P. Wacker, Wendy K. Berg, Jennifer M. Asmus, Jay W. Haring,
   and Lind J. Cooper

 5 先行子制御を査定する実験デザイン
   Timothy R. Vollmer and Carole M. Van Camp

V 介入:身体的および医学的影響

 6 先行子としての生理的状態−機能的分析における意義−
   Raymond G. Romanszyk and Amy L. Matthews

 7 精神薬理学と定常状態の行動
   Nirbhay N. Singh, Cynthia R. Ellis, and Philip K. Axtell

W 介入:言語に基づくアプローチ

 8 親と教師のより良い連携を築き自閉症の子どもの動機づけを高める状況事象
   Robert L. Koegel, Cynthia M. Carter, and Lynn Kern Koegel

 9 選択と個人特有な選択方法
   Jeff Sigafoos

 10 言行一致訓練と言語的媒介
   Freddy A. Paniagua

X 介入:その他の方法

 11 日課援助法
   Richard R. Saunders and Muriel D. Saunders

 12 挑戦的行動に対する生活様式の影響
   Michael J. Cameron, Russell W. Maguire, and Melissa Maguire

 13 教室での望ましい行動を増やすためのカリキュラムの変更
   Lee Kern and Glen Dunlap

 14 指示制御に基づく指示不服従への介入
   Jennifer J. McComas and Kim A. Meyer

 15 確立操作と挑戦的行動の動機づけ
   Craig H. Kennedy and Kim A. Meyer

 16 刺激性制御の確立と転移−発達障害の人たちを教える−
   Anthony J. Cuvo and Paula K. Davis

Y 結論

 17 結論と今後の方向性
   James K. Luiselli and Michael J. Cameron

 REFERENCES
 索引
 訳者あとがき
 訳者紹介

日本語版序文 
 先行子介入による行動的支援は,発達障害の人たちの教育や福祉の領域における援助方略としては比較的新しいアプローチである。刺激性制御や動機づけ変数(確立操作)については,実験心理学や基礎的な学習過程の研究の領域でそれぞれこれまでに十分な研究の蓄積がある。しかし、応用行動分析学の中でそれらを統合しようとする試みが始まったのはごく最近になってからである。この十年間に状況は大きく変わり,多くの専門家が挑戦的行動(challenging behaviors)の理解と援助を先行子の観点から改めて捉え直すようになった。
 先行子介入の大きな特徴は,予防を重視していることである。すなわち,挑戦的行動を引き起こす条件を取り除くことによってそうした行動を軽減することに重点を置いている。攻撃行動や自傷行動,器物破壊行動といった激しい行動を考えると,予防的な方略の重要性はきわめて大きいと言える。その他にも,先行子を操作することによって,正の強化や負の強化の有効性を高めることができるという長所がある。さらには,多くの専門家にとっても先行子介入は行動随伴的な(結果による)方法と比べてより望ましい方略と考えられる。というのは,実施もそれほど難しくなく,「副作用」もほとんどなく,永続的な改善がもたらされるからである。その結果,処遇の質が向上する。
 本書「挑戦的行動の先行子操作──問題行動への新しい援助アプローチ──」は,最近になって発展が著しい新たな方法論をまとめ,多くの事例を提示しながら,この方法論の実際と行動分析学の基礎的な枠組みをわかりやすく解説したものである。原著は1998年に出版され,それ以降も先行子介入に関する研究報告は着実に増え,手続きのさらなる開発・改善や多くの成功例が報告されている。
 この度,本書が園山教授らのグループによって日本語に翻訳されることは,英語圏以外の人びとにこの方法論を知っていただくよき架け橋として,編者にとってもこの上ない喜びである。同じ志を持つ日本の同労者が先行子操作による援助アプローチの理論と実践を本書から学ばれ,そして日本の地で素晴らしい専門サービスが生み出され,挑戦的行動と呼ばれる難しい行動を示さざるを得ない人たちやその家族に平安な日々が1日も早くおとずれることを願ってやまない。
 最終的には,本書が多くのチャレンジに応え,発達障害の人たちのQOLの向上に何らかの貢献をなし得るかどうかによって,本書の価値は判断されるものと考える。

2001年5月10日
James K. Luiselli, Ed. D., ABPP
The May Institute Inc. Norwood, MA 0262 USA

序文
 本書の執筆者の多くには,大学院でオペラント条件づけの方法論について訓練を受け,それぞれの経歴の出発に当たって応用行動分析学に関する臨床スーパービジョンを受けたという共通点がある。われわれは強化スケジュール,結果が行動に及ぼす効果,「随伴性マネジメント」に関する多元的アプローチについて多くのことを学んだ。当時,挑戦的行動の対応に関しては,他行動分化強化・タイムアウト・過剰修正法などがよく知られ,教育や福祉の現場でよく用いられていた。このような結果に焦点を当てた方略を用いて行ったわれわれの実践や研究では,実際に素晴らしい成果が得られたし,学術雑誌の編集者からも好意的に受け取られることが多かった。
 現在,応用行動分析学の分野は,われわれが学生だった時代やまだ新米の専門職だった頃と比べ,さまざまな点で変わっている。その中でもきわめて大きな変化は,理論的にも臨床的にも先行子(antecedent)による制御と操作の重要性が認識されたことである。実際に,先行子制御に関する研究報告,特に挑戦行動の理解と援助における先行子操作に関する研究論文は年々増加傾向にある。そのような研究には,問題行動の生起を予防したり,その代替行動の形成を促進したり,正の強化の効果を高める方法などがある。さらに,挑戦的行動の生起と維持に関する新しい考え方が,確立操作などの先行要因や個人の学習歴,およびそれらの相互作用といった研究から導き出され,提案されている。このような方向性は結果事象が果たしている役割を過小評価するものではない。というのは,結局のところ,先行子制御はある刺激事態が強化的な随伴性か罰的な随伴性のいずれかに組み込まれることによって成り立つからである。この方向性の重要な点は,行動的な援助方略の従来の「伝統的な」方法に代わる方法として,先行条件を選択したり,操作したり,マネジメントすることを強調している点である。
 本書では,発達障害のある人たちの教育・療育・福祉の領域における先行子操作の問題を取り上げる。本書を構成するそれぞれの章で,先行子操作・行動障害・処遇上の意思決定に関する最新の知識について,その理論・概念・方法論・評価などの問題を提示するとともに,その全体像についてもわかりやすく解説している。各章の執筆者は,発達障害があり挑戦的行動を示す児童・青年・成人に日々関わっている,いずれも傑出した臨床家・教育者・研究者であり,それぞれの実践に先行子操作の考えを取り入れている人たちである。
 本書の出版に当たり,われわれはまずPaul H. Brookes出版社のスタッフに感謝したい。本書の企画の段階から完成に至るまで,スタッフにはいつも誠心誠意の手助けをいただいた。1つの章に現時点で最新の研究成果を余すことなく示していただいた各執筆者にも心からお礼を申し上げたい。われわれ2人は,刺激性制御を専門とする研究者と出会い,一緒に共同研究活動を進める中でその複雑さを教えていただくという特権が与えられた。このことについて,David Marholin, U教授,Warren Steinman教授,Paul Touchtte教授,並びに故Larry Stoddard教授に感謝申し上げる。最後に,本書を妻と子どもたちに捧げたい。彼らによって人間の行動についてたくさんのことを教えられ,また生きることの喜びと他者の幸せのために何かをなすことがどんなに嬉しいことであるかをいつも教えてくれた。
 すべててのことに感謝しつつ,本書を世に送る。

James K. Luiselli, Ed. D
Michael J. Cameron, M. A.

訳者あとがき
 本書の原著は,Antecedent Control: Innovative Approaches to Behavioral Support であり,1998年に米国バルチモアの Paul H. Brookes出版社より出版された。編者のLuisseli, J. K博士とCameron, M. J.先生は,米国マサチューセッツ州ノーウッドにあるメイ研究所の研究責任者である。
 本書の特筆すべきことの1つは,両編者のもと,第一流の著名な執筆陣がかくもたくさん集められたことである。それぞれの執筆者はこの領域での第一人者で,私たちも論文を通して多くのことを学んでいる人たちである。したがって,本書には現在の最先端の知識が間違いなく満載されている。
 さて,私たちが本書の翻訳を決めた第1の理由は,本書を読みながら私たち自身が大いに感動したからである。私たちが常日頃考えていること,そして日々実践していることが,本書の中にそのままの形で,しかももっと体系化された形でまとめられていたからである。
 発達障害の人たち,特に自閉性障害の人たちの中には,なかなか援助方法が見いだせないような難しい行動障害(挑戦的行動challenging behaivor)を示す人たちも少なくない。これまで蓄積された方法論ではうまくいかないことが多い。私自身も,ここ数年,こうした挑戦的行動があり,専門機関や施設等で十分な援助がなされず,ご本人や家族が疲弊の極みにある人たちの相談を数多く受けるようになった。既存の教育や福祉の制度が機能せず,既存のサービス体制で受け止めることのできなかった人たちである。
 わが国ではこのような人たちに対して,1993年から強度行動障害特別処遇事業が始まり,特別な支援が行われるようになっている。しかしながら,まだ体系立った援助方略は確立されていない。翻訳した私たち自身も,日々の実践の中で有効な方法論をかなり自覚するようになっていたものの,それを理論的な根拠をもって体系化するまでには至っていなかった。このような状況の中で出会ったのが本書であった。
 私自身が本書から学び,またこれまでの実践を通して確信していることの1つは,挑戦的行動だけに注目し,それを減らそうとしてもうまくいかないことが多く,それよりもその人の生活全体を豊かにする援助方略を考えるほうが先決であり,基本的であり,うまくいくことが多い,ということである。本書では特に第1章で「巨視的アプローチ」と「微視的アプローチ」として,このことが系統的に記述されている。私たちは生活全体に目を向けるべきである。
 もう1つのことは,「状況事象(setting events)」が本書の最大のキーワードとなっていることである。私自身,状況事象が行動に大きな影響を与えていることを提言した相互行動心理学者Kantor,J.R.からたくさんのことを教えられ,それを日々の実践に生かしている。この状況事象の働きに注目することによって,生活全体への視野が開かれるのである。しかもこの新しい視野は相互行動論の枠組みの中にきちんと位置づけることができるのである。あるいはまた,行動分析学の確立操作(establishing operations)によってこの機能を考える人にとっても,確立操作に注目することによって,本書から新しい視点を学ぶことができたはずである。
 私たちが専門家あるいは専門職の立場にあり,そのことを自認しているのであれば,科学的な根拠を持って援助・支援を行うべきである。このことはあまりにも当然のことながら,そして何とか役に立ちたいとは思いながらも,実際には思い込みや常識の範囲の中でしか援助方略を見いだしていないことが多い。そして,ご本人にとって何の助けにならないことをしていることが多い。しかし,そろそろ科学的な方法論に目覚めなければならない。このような思いを共有する教育・福祉・医療などの場にいる専門職にとって,本書はまたとない参考書である。専門用語は多いが,実例もたくさん記載されていて,行動分析学に馴染みのない人にも十分読みこなしていただける内容となっている。
 訳出に当たって,訳語と文体の統一は園山が責任を負った。また一部下訳に酒井一栄氏の手をお借りした。最後に,二瓶社の吉田三郎代表には大部の専門書である本書の価値を認めていただき,全訳という形で出版の任をお引き受けいただいたことを心より感謝申し上げる。
 挑戦的行動という難しい行動障害を示さざるを得ない人たちのチャレンジをきちんと受け止め,本当の意味での支援者たらんとする人が本書を通してひとりでも増えることを願いつつ,米国にいる編者・執筆者の思いと合わせて本書を世に送りたい。

2001年6月30日     
訳者を代表して,シオンの丘より 
園 山 繁 樹

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