ミルトン・H・エリクソン全集 第2巻
感覚、知覚および心理生理学的過程の催眠性変容

   アーネスト・L・ロッシー 編 
羽白 誠 監訳
エリクソンの50年におよぶ催眠技法に対する実験的・治療的探求をまとめた全集、全4巻のうち第2巻を初回配本する。本書ではもっとも綿密で卓越的な実験研究を取り上げている。

A5判・532ページ 定価7,140[本体6,800円+税]
ISBN 4-86108-026-6 C3011 \6800E
2005. 6. 30  第1版 第1刷

目  次

序  i
謝辞  ii
編者まえがき  iii
I.視覚過程  1
 1.偽陰性残像を生じる幻色視の催眠誘導  5
 2.考察:Hibler の発表論文「催眠誘導による幻色視の陰性残像について」に関する批評  12
 3.催眠暗示技法による色盲の誘導  22
 4.催眠被験者における刺激への無反応能力についての実験研究  55
 5.正常催眠被験者による急性強迫性ヒステリー状態の発生  79
 6.催眠下における視覚の変化に関する観察  99
 7.催眠における視覚変化のさらなる観察  106
 8.眼振の研究  109
 9.瞳孔反応の後天的制御  113
U.聴覚過程  117
 10.催眠聾に関する臨床的および実験的所見の研究:
  T.臨床実験とその結果  120
 11.催眠聾に関する臨床的および実験的結果の研究:
  U.条件反応の技法を用いた実験結果  145
 12.聴力と記憶に関する化学的感覚麻痺  163
 13.人間行動における音の位置の重要性についての催眠による実地調査  174
V.心理生理学的過程  205
 14.精神身体現象の催眠学的研究:実験催眠で学ぶ心身相関  208
 15.心身症現象の催眠学的研究:催眠によって誘発された健忘から生じる失語症様反応の発生  224
 16.心身症状の催眠による調査:後天性食物不耐症の治療における催眠退行の統制実験的使用  242
 17.個別の反応によって確認された催眠による幻視に対する実験的に分泌された唾液とそれに関連した反応  250
 18.催眠による生理的機能のコントロール  255
 19.催眠による血流の変化:覚醒状態と催眠状態での反応性の比較実験  276
 20.心因性不妊症への臨床実験的アプローチ  281
 21.催眠の効果によるものと思われる乳房の発育:2つの症例と精神療法の結果  289
 22.月経機能の心因による変化:3つの症例  295
 23.くしゃみ反射の非定型的パターンの3世代における出現  304
 24.くしゃみ反射の非定型的パターンの3世代における出現の報告への補遺  309
W.時間歪曲  311
 25.催眠における時間歪曲:T  314
 26.催眠における時間歪曲:U  328
 27.時間歪曲の臨床的・治療的適用  377
28.時間歪曲についてのさらなる考察:時間拡張とは別個のものとしての主観的時間凝縮  413
V.研究についての問題  425
 29.臨床的および実験的トランス:トランス状態を生じるための催眠訓練と時間  427
 30.実験催眠と臨床催眠:同じ現象なのか違う現象なのか?  435
 31.催眠研究の探索  444
 32.催眠における期待および最小限の感覚的合図  479
 33.催眠研究での基本的な心理学的問題  483
 34.観察者がいるときの面接体験  500

編者まえがき

 Milton H. Ericksonの厳選された論文を集めたこの4巻は、催眠や精神療法の歴史の中で最も発展性のある考えの1つを深く追求しようとしている臨床家や研究者のために揃えられている。Ericksonが1930年代初期に自分の研究を出版し始めた頃は、催眠は物珍しいものとされていた。多くの研究者は精神病理学や我々の精神療法における最初の成果として中心的役割を果たしてきた。しかし催眠の使用に関する権威的な方法は、一方では精神分析学派の表面上はより複雑な技法に取って代わられ、もう一方では実験心理学に取って代わられたのである。
 催眠の位置づけはその後もこのようなものであり続け、我々の治療としての過去のものに対する派手やかな好奇心以上の意味は何もない状態だった。しかしこんな状況の中に突然現れたのがMilton H. Ericksonである。彼は偶然にも多くの感覚障害を持っていた。その感覚障害のために他の人とは違った経験をし、彼の鋭い感覚は、人間の関連づける枠組みの関係をかなり若い頃に気づくことによってのみ、持ち続けることができたのである。この早期の障害に加えて。17歳と51歳の2回もポリオにかかるというまれな悲劇が生じたのである。彼の自分自身を回復させようとする努力のおかげで多くの古典的な催眠現象やどうやればそれを治療に用いることができるかを個人的な経験から再発見したのである。
 Ericksonの催眠技法に対する実験的、治療的探索は50年以上にも及ぶ。彼が催眠の全分野における復活に成功したことは、被験者がどうすれば催眠現象を学習することができ、自分のやり方で自分の力で問題解決をするにはどうすればいいかを学習するような、暗示に対する非権威的で間接的な方法を考え出したことに関係しているかもしれない。この5巻の内容は発見の旅をしながら論文を読んでいると最も理解できる。そこには定着したものや最終的なもの、永遠に有効なものはほとんどない。論文の大部分は自己研究を促すものであり、読者の心を刺激し、発見することに畏敬の念を呼び覚ますものである。そしてそういった心を生じさせる力は、人間の意識の空間には無限にある。
 これらの論文を最も良い順番に紹介するにはどうすればいいかという問題は、多くの方法で解決されてきた。単なる時間軸的な順番は満足いかないようである。というのもEricksonの最も初期の仕事は後になってから出版されているからである。あきらかに同じグループにまとめられるテーマを扱った多くの論文は彼の生涯のうちいろいろな時期に出版されている。このため編者は各巻を適切な章をつけた広い分野の研究でまとめ、その中の各章ではほぼ時間軸に沿った順番にするという、バランスの取れた紹介の仕方にすると決定した。
 このシリーズのはじめの4巻のそれぞれには、この発刊のためにEricksonから編者に委託された原稿の入ったいくつかの箱から、多くの未出版の論文を編者が選んだものが含まれている。続巻(準備中)には、Ericksonが生涯に行った講義や催眠の実演で未出版のものだけを載せる予定である。これらの多くは彼が多数発表を行った世界中に無視されていたり、隅っこに追いやられてしまった形で存在している。編者は現在、これらのうちできるだけ正確に記載できるものを集めており、それをはっきりさせる解説をしてもらうためにEricksonとともに読み直している。Ericksonの方法はあまりにも微妙なところがあるので、彼の実演を詳しく研究していても、研究者がEricksonが何をしているのかを完全には理解できていないままでいることも時々ある。このため、この4巻の出版が、未出版のEricksonの研究の記録をもっている人たちにとって、この続巻にそれらを入れることができるように我々が入手するための宣伝となるような機会となれば幸いである。我々みんながいっしょに成長できるにはこのような協力を得るしかないのである。

Ernest L. Rossi


監訳者あとがき

 ミルトン・H・エリクソンの書物というと論文や症例報告の一部を抜粋したものがこれまで多く出版されている。しかしこのアーネスト・L・ロッシーが編集したエリクソンの論文集は一部の抜粋ではなく、論文や症例報告をほぼ完全な形で集めたものである。ミルトン・H・エリクソン全集は、この第2巻を含めて全4巻で構成される大作である。第1巻は催眠の基本的な特徴を、第2巻は(この本であるが)催眠における感覚や知覚や心理生理学的な過程を、第3巻は催眠技法を、第4巻は斬新なエリクソン催眠について書かれている。催眠というと特殊なものと思いがちであるが、日常場面でも頻繁にその現象は見られる。精神症状だけではなく身体症状においてもそれはあてはまる。ヒトと外界とのコミュニケーションは言語だけで行われているわけではない。感覚や知覚、運動などもすべてコミュニケーションの手段となる。この第2巻は視覚や聴覚、時間感覚などのさまざまな感覚のほか、心身医学的現象の催眠による変容が実験や症例を交えて解説されており、エリクソンがいかに詳細な観察をしているかが読み取れると思う。精神現象を扱った催眠の本は多数あるが、身体現象でとくに視覚や聴覚の変容を扱ったものはほとんど見あたらない。催眠を研究あるいは臨床で使用している諸先生方の多くは精神科医、心療内科医や心理士であると思うが、本書に書かれている視覚や聴覚などの身体現象まで催眠に利用している先生は少ないのではないだろうか。ましてや身体疾患を扱っている医療者においては、催眠そのものを知っているものが少ないため、催眠における身体現象はほとんど知られていない。催眠で聾や盲をおこすことは実際には難しいかもしれないし、臨床的に用いられることはあまりないかもしれない。しかしこういった現象が催眠で生じるということは、いろいろな身体症状を催眠である程度コントロールできるという可能性を示唆している。時間感覚については時間歪曲の理論的な解説と実験が詳しく書かれており、短時間で行動変容をおこさせる暗示などに応用されている。
 また本書では、心身相関についても触れられている。心身相関というと心身医学の分野になるが、心身医学における催眠はあまり知られていない。そういった意味からも本書は心身医学について述べている数少ない催眠の書物ということに
なる。わたしは皮膚科医で心身医学を専門としている。本書のなかには催眠による身体症状の新たなコントロール方法を考えるヒントが隠されているように思える。わたしも含めて心身医学を扱う医療者にとって、真新しいものがたくさん含まれている書物であると思う。
 本書の翻訳を始めたのは数年以上前で、ここまでたどり着くのに多くの時間がかかってしまった。本書は原書で350頁ほどの大きな論文であることだけでなく、一つひとつのことばが繊細な意味を持つ論文である。そのため、日本語になじませるのに何回も校正をしなければならなかった。わたしの語学力の足りなさを反省している。訳者の方たちにも多大な努力をしていただいたのではないかと思う。感謝をするとともに、読者の方には刊行までたいへんお待たせしてしまったことをお詫びしたい。また最後になったが、本書を刊行するまでおつきあいいただいた二瓶社の吉田三郎氏にも感謝をしたい。
2005年5月
羽白 誠


監訳者・訳者紹介

◆監訳者
羽白 誠 はしろ まこと
1962年生まれ
1986年大阪大学医学部医学科卒業
1991年大阪大学大学院医学研究科博士課程修了
現職:大阪警察病院 皮膚科部長
日本皮膚科学会専門医、日本心身医学会指導医、日本心療内科学会登録医、日本心身医学会皮膚科担当特別委員、日本臨床催眠学会理事 ほか
専門:皮膚科心身医学
著書:「アンコモン・ケースブック」監訳者、「アンコモンセラピー」訳者、「現代心療内科学」分担執筆、「皮膚心療内科」分担執筆、ほか医学論文・著書多数。
連絡先 
〒543-0035 大阪市天王寺区北山町10-31
大阪警察病院
TEL 06-6771-6051

◆訳者および担当箇所
羽白 誠
監訳、序文、編者前書き、20・21・23・24・28章、索引
清水秀子
T.視覚過程の解説、1・2・3・4・5章
川崎 一
6・7・8・9章、U.聴覚過程の解説
黒田昌宏
10章
馬場譽史亜
11、12章
鈴木宏之
13章
田中由美子
V.心理生理学的過程の解説、14・18章
白川初美
15・16・17・19・22章
西出隆紀
W.時間歪曲の解説、25・26・27章
原口葉一郎
X.研究についての問題の解説、29・30・31・32・33・34章

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